東京高等裁判所 平成元年(行ケ)140号 判決
当事者間に争いのない本願発明の構成(チ)、(リ)によれば、本願発明は、同構成により、ロジウム錯体触媒に一日当たり〇・一%ないし二・八%の活性喪失の最小速度を実質上与えるのに必要な最小安定係数Fを別表1により求め、このFの値を満足するような反応温度、一酸化炭素の分圧、TPP/Rhの三要因の関係を示した構成(リ)記載の方程式により、構成(ロ)、(ハ)、(ヘ)に規定された範囲内で上記三要因を設定してロジウム錯体触媒の失活を活性喪失の最大決定速度に最小化又は実質上防止することを定めたものであり、この構成において、ロジウム錯体触媒の一日当たりの活性喪失の最小速度である「〇・一%ないし二・八%」なる数値、すなわち規定値は構成(チ)の記載上一義的に明白であり、これをもつてロジウム錯体触媒の失活防止の目安の数値にすぎないとする被告の主張は到底採用することができない。したがつて、引用例の例13及び例15における活性喪失速度の計算値が上記規定値の範囲外にある以上、たとえ計算値が規定値に近似していたとしても、例13及び例15が本願発明の構成(チ)の要件を備えていないものというほかない。のみならず、前掲甲第三号証によるも、そもそも引用例の例13及び例15は、本願発明のようにロジウム錯体触媒の一日当たりの活性喪失の最小速度の特定の数値を前提として最小安定係数Fを求め、Fの値を満足させるように一酸化炭素の分圧、温度、TPP/Rhを設定することにより、ロジウム錯体触媒の損失を防止する方法と認めることはできないのである。したがつて、仮に被告主張のように引用例の例13及び例15においてロジウム錯体触媒の損失防止効果があつたとしても、そのことの故に、例13及び例15が本願発明と同一であるとすることはできない。
たしかに被告主張のように、別表3によれば、本願公報には、ロジウム錯体触媒の活性喪失速度の計算値が上記規定値の範囲外であるがその実測値が規定値の範囲内である実験結果が実施例39、41、42、46として記載されており、実施例36は計算値、実測値とも規定値の範囲外として記載されている。しかし、本来実施例とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成に欠くことのできないすべての事項に基づく実験結果であるから、計算値が規定値の範囲外である上記実施例は、「実施例」として記載されているもののこれをもつて本願発明の実施例と認めることはできない。また、前掲甲第二号証の4、5によれば、本願発明は公告後補正された結果、それまで限定が付されていなかつたロジウム錯体触媒の活性喪失の最小速度を「一日当たり〇・一%ないし二・八%」と限定したもので、上記実施例36、39 41、42、46は補正前の発明の構成に係る実施例にすぎず、補正の際削除すべきところ、削除されないまま本願公報中に記載として残つたものと認められるから、この点からも上記実施例をもつて本願発明の「実施例」と認めることはできない。したがつて、上記実施例が規定値をもつてロジウム錯体触媒の活性喪失速度の目安を示したものとする根拠となし得るものではない。
要するに本件は構成の同一性の問題であつて、以上述べたところによれば、引用例の例13及び例15が本願発明の構成(リ)、(チ)に示されているように、一酸化炭素の分圧、温度、TPP/Rhの三要因を構成(ロ)、(ハ)(ヘ)に定められた値の範囲内において調節し、相関させて設定し(その関係は構成(リ)記載の方程式に示されている。)、別表1により一日当たり〇・一%ないし二・八%の活性喪失の最小速度を実質上与えるのに必要な最小安定係数Fを得ることによりロジウム錯体触媒の失活を活性喪失の最大決定速度に最小化又は実質上防止する構成と同一視することはできない(なお、引用例の例15の計算値が-〇・一であることの技術的意義は明らかでないが、そのことと一日当たり〇・一%ないし二・八%の活性喪失の最小速度を与えることを内容とする本願発明との同一性とは別個の問題である。)。
そうであれば、本願発明と引用発明が同一であるとした審決の判断は誤りであり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よつて、審決の取消しを求める本訴請求を正当として認容する。
〔編注1〕本件の特許庁における手続の経緯は左のとおりである。
発明の名称 改良ヒドロホルミル化法
出願人 原告
出願日 昭和五三年一月二四日
(昭和五三年特許願第五八八〇号)
優先権主張 一九七七年一月二五日アメリカ合衆国出願
拒絶査定 昭和五七年八月二三日
審判請求 昭和五七年一二月二八日
(昭和五七年審判第二五七〇〇号)
出願公告 昭和五八年一二月二〇日
(昭和五八年特許出願公告第五七四一三号)
審判請求不成立の審決 昭和六三年一二月二七日
〔編注2〕本願発明の要旨は左のとおりである。
(イ) 一酸化炭素及びトリフエニルホスフインと錯体を形成するロジウムより実質的に成るロジウム錯体触媒の存在、及び遊離トリフエニルホスフインの存在下に、(ロ)温度約90ないし130℃、(ハ)一酸化炭素の分圧3.9kg/cm2絶対圧力(55psia)以下、(ニ)水素の分圧約14kg/cm2絶対圧力(約200psia)以下、(ホ)水素、一酸化炭素及びα―オレフインの全ガス圧力約28kg/cm2絶対圧力(約400psia)以下、(ヘ)かつ触媒的に活性なロジウム金属1モル当たり遊離トリフエニルホスフイン少なくとも約100モルにおいて操作して、(ト)炭素原子2ないし20個を有するα―オレフインと水素及び一酸化炭素とを反応させることにより該α―オレフインよりも炭素原子1個多く有するアルデヒドを生成させる、α―オレフインのヒドロホルミル化法において、(チ)一酸化炭素分圧と、温度と、遊離トリフエニルホスフイン:触媒的に活性なロジウム金属のモル比とを前記の値の範囲内において調節し、かつ相関させて、添付図面第1図により一日当たり〇・一%ないし二・八%の活性喪失の最小速度を実質上与えるのに必要な最小安定係数Fを得ることにより前記ロジウム錯体触媒の失活を活性喪失の最大決定速度に最小化または実質上防止し、(リ)この場合前記安定係数Fを方程式:
<省略>
(F=安定係数
e=ナペリアン対数底(2.718281828)
y=k1+K2T+K3P+K4(L/Rh)
K1=-8.1126
K2=0.07919
T=反応温度(℃)
K3=0.0278
P=一酸化炭素の分圧(psia)
K4=-0.01155
(L/Rh)=遊離トリフエニルホスフイン対触媒的に活性なロジウム金属のモル比)
により定義することを特徴とする前記ヒドロホルミル化法の改良方法